コラム ブログ 男鹿本山赤神神社

寄稿 河北新報コラム(微風旋風)Vol.2「赤神奉納記」

 右手を開き、親指以外の4指を握ってみてほしい。手首の先を男鹿半島に見立て、各部をガイドする秋田県観光連盟運営のウェブページがあった。その『グー!な男鹿半島』に倣えば、赤神神社は薬指エリアを占める半島の主峰・本山を神体とし、男鹿市民が朝夕仰ぐなまはげ発祥の霊場である。国指定重要文化財の五社堂を始め、所産の文化財は県内最多を数え、大英博物館漫画展の嚆矢である『宗像教授』シリーズの題材ともなった伝説の宝庫だ。

 2011年、当会は神社宮司の元山高道氏に引き合わされ、翌年から境内整備を開始した。作業区画は本山全域に点在しており、レーダー基地周辺は自衛隊車両の先導で進入する。視界を覆う山頂の竹林を20年振りに切り拓くとパノラマビューの観光施設・寒風山回転展望台が遥か眼下に眺められた。舞台が山岳信仰の対象なだけに難儀と冥利がすり替わる劇的な場面転換が時に起こる。当会事務局長などは専ら地下を持ち場とし、遺跡の暗中に籠って飽かない。16年、71代宮司として、いつからか神職を与る元山家43代当主として、一山を一身に背負った元山宮司は悲願の八百年祭を執り行った。なまはげを広告塔として重宝するならば県民はそのルーツに無関心ではならないと自省も込めて思う。

 7月は例大祭が男鹿半島へ盛夏の到来を告げる。先月は村井事務局長が来賓として初めて神事に加わった。地上の彼は赤神の霊験あらたか、志望が叶って今や司法書士だ。神秘の湧水群・滝の頭を有する鮪川集落の成田前自治会長も柏手を打った。最後の玉串を奉奠したのは神社組織から玉尾責任役員だ。一昨年の体制変革で要職を拝命した彼女は前述した『グー!』企画の発案者として関係者の信頼も厚い。整備事業に汗を流した同志が海風の入る拝殿に揃った。神社と当会を結んだ旧知の諸氏もまた居並んだ。

 〈狂瀾吼え立つ〉と謳われる男鹿半島へ赴く時、その雄壮な姿に彼の地で出会ったひとびとの面差しが重なり、心が沸き立つ。五社堂が東京五輪の聖火リレー特殊区間に選定され、来年は格別な手入れを供する運びとなろう。なまはげへ参じる海岸線の一本道を彼らとなぞる日が続く。

◇鎌田展禎(かまだ・ひろさだ)
NPO法人理事長。2009年任意団体「茄子(なす)地人協会」設立。2010年日本青年団協議会主催「全国地域青年実践大賞」受賞。2019年NPO法人「nasu地人協会」設立。有限会社「芝野農興」組合員。2016年同社空中防除部門「スカイ・サポート秋田」設立。秋田県出身。

(河北新報朝刊│コラム微風旋風│2019年8月22日掲載)

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