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寄稿 河北新報コラム(微風旋風)Vol.1「家」

 秋田市雄和へ移り住んでから今秋で十年が経つ。故郷の家を退去しての漂着だった。周囲にとって私と同義だった家業を離れ、後継者として受けた少なからぬ厚意をふいにした。

 私の前途を憂える知人らはTV画面に映し出された当人に唖然としたことだろう。翌年になると私が代表を務める団体の文化財伝承活動がにわかに注目を集め、県内の放送各局から一度に取り上げられていた。一見悠長な姿にあるいは憤りをおぼえたひともあったかもしれない。

 転居前に立ち上げ、ささやかな地域奉仕を試みたきりで分解しかけた団体が、縁をつないで不思議な躍動をみせはじめていた。誇らしげな友らとうらはらに私は人前に立つごとに身をすくませた。背景のなくなった自分を見透かされたくなかった。「どうしてそんなにひたむきになれるの」ある住民女性に問われて答えに詰まったことがある。他者よりはむしろ私自身のための没我であるような気がしていた。

 山里に隠れて世間の及ばない雅びた館へ誘われたり、ナビゲーターとして花火が降るのを見上げた港の祭りがあったり、空っぽになった人生は実に多くの出来事を呼び込んだ。体験に過去への執着を洗われ、出会いが収縮した心をおし広げていった。誰でもない私として生きざるをえなかった月日が妙味を含んだ世の中の奥行きをのぞかせてくれたようにおもう。

 私と友らを運び続けた団体は十年目に至った今年二月にNPO法人「nasu地人協会」として新生した。運営を学び合う中で薦められた一冊の紙上に私自身をみつけたのは最近のことだ。非営利組織が自己実現を可能にする絆のコミュニティであり、〈つまり家である〉べきことを本は伝えようとしていた。それが私の懸命になって求めたものの正体だった。「どうしてそんなに――」耳に声が残っている。今ならてらいと受け取られずに答えられるだろうか。

 次回からは“わが家”の家族と訪問者のつむぐ秋田物語を紹介したい。

◇鎌田展禎(かまだ・ひろさだ)
NPO法人理事長。2009年任意団体「茄子(なす)地人協会」設立。2010年日本青年団協議会主催「全国地域青年実践大賞」受賞。2019年NPO法人「nasu地人協会」設立。有限会社「芝野農興」組合員。2016年同社空中防除部門「スカイ・サポート秋田」設立。秋田県出身。

(河北新報朝刊│コラム微風旋風│2019年7月25日掲載)

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